2024年5月14日火曜日

若松コロニーの一行を乗せた船のキャビン

キャビンの内部

カリフォルニアに初めて入植した会津藩からの日本人一行は、会津藩家臣でもあったプロイセン人ヘンリー・シュネル氏に率いられて、横浜から米国郵船『チャイナ』号の一等船客としてサンフランシスコに渡った。もちろん、「おけい」さんもその中にいた。1869年のことである。

SS China (模型)

Cabinのあった位置を示す(模型)

その郵船『チャイナ』号の一等船室(キャビン)の部分が、サンフランシスコのマリン郡側の対岸にあるティビュロンという小さな町にあることを知った。この町は、(行ったことはないが写真でよく見るような)地中海沿岸の雰囲気がそのまま漂う場所である。

キャビンのあるビーチ・ストリートからの眺め

短いメインストリートには、感じのいい店やレストランが立ち並び、曲がったその先には「Ark Row」(アーク・ロー)と呼ばれる水上生活用の「箱舟ハウス」が陸揚げされて並んでいる、しゃれたショッピングエリアがある。

そのアーク・ローが途切れたあたりから、入江が見え始めて、この真っ白いキャビンはその入江に浮かんでいるかのように見える。

キャビン

『チャイナ』号(SS CHINA)は船の横に外輪のある蒸気船であり、帆船でもあった。1867年から1879年までの間、サンフランシスコと横浜・香港を結んで約30往復も運航された。木造であったため、傷みがはやく、1886年この地ティビュロンで焼却処分となるが、このキャビンだけは保存されることになった。

キャビンは、内外ともに純白で、内装はビクトリア調で22金の装飾が施されている。今は「Landmarks」という歴史保存団体がこれを管理していて、夏の月間(4月~10月)の週末(土・日)の午後1時~4時まで、中に入ることができ、ガイドさんがいろいろと説明してくれる。

装飾

若松コロニーは、2、3年のうちに解散し、おけいさんはコロニーで若くして亡くなるのだが、この船旅での心境はいかがだったものかと、思いをめぐらした。


China Cabin
Pacific Mail Steamship China

William H. Webb(船の建造者)

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