[場所]
エルドラド郡ゴールドヒル
歴史的なまちプラサービル(「ハングタウン」)近郊
金の発見地コロマから2マイル
[とき]
1869年 入植
1870年 コロニー経営がうまくいかず、入植者たちは離散
1871年 おけいさん19歳で亡くなる
[ ]
会津若松出身
戊辰戦争
今回、この地を訪れたのは、約ひと月前に佐藤さんからの連絡があったことから始まった。
ここは、普段は閉まっていて、入れないが、春と秋の気候のいい時季に、毎月1回オープン・ファームの日があって、事前に登録しさえすれば、誰でも訪問できる。
アメリカン・リバー・コンサーバンシーという協会がここを管理していて、ボランティアにせよ、訪問者にせよ、日本人・日系人だけとは限らない。
今回も、ほかに個人で来ていた日本人はなく、歴史に関心のありそうなアメリカ人たちの姿だけだった。
ボランティアによって、敷地内にはガーデンや茶室など、いろいろと管理・整備が行われている。
おけいさんのお墓は、敷地の北の外れにある丘にある。この丘の近くには、樹齢250年を超える樫の木があって、おけいさんは生前、その近くまでやってきて、故郷の方角を見ていたという。
おけいさんは、1971年、病で19歳で亡くなった。お墓は、最後までこのコロニーに残った桜井松之助さんによって、この場所が選ばれたようである。