2025年7月3日木曜日

イースタンシエラ紀行❽ マンザナール(Manzanar, California)

今回の目的地にして、ほぼ旅の終わりに訪れた場所となった。

当時の講堂が展示館・ビジターセンターとして、一般公開されている。入場は無料、でも開館の曜日や時間は限られているので、その時間に合わせての旅だった。

太平洋戦争の最中、西部を中心に10か所にあった日系人収容所跡地の一つ。一か所に約1万人が収容されていた。

ここに展示されていた資料によれば、ここマンザナールには、ロサンゼルス方面の人たちが収容されたらしい。それ以外にも、西海岸の島々に住んでいた人たちも、一時この場所に滞在して、他の場所に移されたという。

私が今住んでいるサンフランシスコ・ベイエリアの人たちは、ユタ州トパーズに送られたらしい。

ここマンザナールは、ベイエリアから見ると、山の彼方のように見えるが、南カリフォルニアから見ると、半砂漠の中をひたすら4~5時間、真北に走ったところにある。

このあたりの土地は、大都市の水を賄うために、ロサンゼルスが所有している(していた?)。かなり北のモノ湖や、訪れた魚孵化場の辺りも、水利権は同市がもっていて、この地域から用水路や運河が延びている。

ここを訪れての感じ方は、人ぞれぞれだと思うが、この日ここを訪れた時、出会った人の中にはほとんど日本人はいなかった。

もうかなり前になるレーガン政権の時に、公式に謝罪と賠償がなされた。その時に、大統領は、収容所から志願してヨーロッパ戦線に加わって活躍した部隊の栄誉もたたえている。

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