アメリカ西海岸から見ると、プランテーション(Plantation)というものは、植民地の時代や南部を連想しがちである。ただ、このプランテーションを「大規模農園」の意味でとらえると、このカリフォルニアにも、ここがメキシコ領であった時代には、歴史上、アシエンダ(Hacienda)と呼ばれるものがあった。
アシエンダは、かつてのスペイン領での大土地所有の一形態とされている。厳密にはそうではないかもしれないが、ランチョ(Rancho)というのは、その小規模なものであるらしい。
このベイエリアにも当時はいくつかのアシエンダ/ランチョがあって、その一つが今のオークランドとその周辺地域を領有していた「ペラルタ・アシエンダ」(Peralta Hacienda)である。よく区別がわからないが、「ランチョ・サンアントニオ」(Rancho San Antonio)という名称もある。具体的には、私の住む町の隣町、アルバニー(Albany)からサンレアンドロ(San Leandro)までのかなり広い地域で、アラメダ郡(Alameda county)の一部にあたる。
その、いわば「ペラルタ氏領土」の領主であったペラルタ家の家がオークランドの地理的に中心ともいえる場所にある。今のダウンタウンや港のある場所とは全く異なり、BART(ベイエリア・ラピッド・トランジット|ベイエリアの通勤用鉄道)の駅でいえば、フルーツヴェイル(Fruitvale)に近い。残念ながら、いつでも誰でも気軽に訪れることができるような安全な場所とは言えない。
ここを訪れたころには、週に2回、オープン・ハウスがあって、係員が詰めていた。その日を選んで出かけると、古い屋敷の中の部屋を一つ一つ案内してくれた。それも、相当詳しく、早口で。半分くらい理解して、うなずきながらながら、案内されるままに従った。
屋敷の中には、当時の生活に想いを馳せるのに十分な、たくさんの資料や記録が展示されている。説明できるほどには詳しくはないが、一つ印象に残ったのは、当時のアシエンダ内での身分制度について。欧州本土生まれスペイン人の血がどれくらい混じっているかによって、上下関係が決まっていたという。当然、純粋なスペイン人は文句なしに上位であった。
敷地も建物もあまり広いとはいえないが、今はオークランド市が管理する公園となっている。アメリカ人やカリフォルニア人というよりは、旧メキシコ時代の遺産でなので、メキシコ系以外の人たちにとっては、おそらく「何それ?」という感覚なのかもしれない。
この場所にたどり着いたのは、一つは、古い探検ルートであるデ・アンザ・トレイル(De Anza Trail)を辿ってのこと。
そしてもう一つは、隣町との境、つまりは、アラメダ郡とコントラコスタ郡の境に、ランチョ・サンアントニオの領土はここまでだったことを物語る記念碑のようなものがあったことである。
ランチョ・サンパブロ(Rancho San Pablo)の境を表す標
上述のとおり、今は、残念ながらあまり安全面では保証できない地区にあって、土地勘のない人にはお勧めできません。後学のために、ぜひ行ってみたいという人がいれば、お供しますので、ご一報ください。
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