カリフォルニアの「みち」と「まち」
写真を撮るようになってから、北カリフォルニア各地のいろいろな場所にでかけるようになっていった。はじめのうちは、鳥や花や風景ばかりを撮っていたが、目的地の行き帰りなどに立ち寄った小さな町や、歴史ある場所のことを知るにつれて、関心分野はしだいに広くなっていった。
いま夢中になっているのは「みち」と「まち」である。サンフランシスコや州都サクラメントのある北カリフォルニアは、歴史的にみて、いろいろな街道(みち)の終着点となっている。
サンフランシスコの町ができたのは、スペインの探検家デ・アンザの探検によって、ここに伝道所(ミッション)と砦(プレシディオ)が設置されたことが始まりで、それはまだ、ここがアルタ・カリフォルニアと呼ばれるスペイン領だった1776年のことである。今では、その辿った道がデ・アンザ国立歴史トレイルに定められている。また、当時建てられた21か所の伝道所をつなぐみちは、「エルカミノ・レアル」と呼ばれている。
また、サクラメントは、シャスタ山を源流として北カリフォルニアを北から南に流れるサクラメント川と、1848年に上流で金が発見されたアメリカン川とが合流する場所にある。オレゴンをめざして、すでに始まっていた西海岸へのワゴン(荷馬車)による移住は、ゴールド・ラッシュによって拍車がかかり、北カリフォルニアをめざしてくる人が激増した。その時に西に向かう人たちが辿った道が、「オレゴン・トレイル」であり「カリフォルニア・トレイル」である。
一夜にして興隆したカリフォルニアは、東部との交通・連絡手段が必要となり、そこで登場したのが、駅馬車(Stagecoach)や、ポニー・エクスプレス(Pony Express|1860~1861年)であった。このポニー・エクスプレスのルートも、国立歴史トレイルに定められている。
その後まもなく、大陸横断鉄道が開通したのは1869年のことで、この鉄道の終着駅(実際には始発駅)もサクラメントである。この開通に伴い、数か月かかっていた旅路も1週間に短縮された。
やがて、車中心の社会が訪れることになるが、その発端となったのが、フォードの組み立てライン導入と、ニューヨークとサンフランシスコを結ぶ初の大陸横断自動車道「リンカーン・ハイウェイ」(3,389マイル|5,454km)の開通であり、どちらも1913年のことである。その後、番号制の新しい国道システムや州間高速道路システムで置き換えられるが、今でも、各地に「リンカーン・ハイウェイ」の名称が残っている。シカゴとロサンゼルスを結ぶ名高い「ルート66」が開通したのは1926年のことである。
ほかにも、意中にある「みち」には、ラッセン国立火山公園から、シャスタ山を通って、クレーターレイク国立公園まで続く「ボルカニック・レガシー・シーニック・バイウェイ」や、ゴールド・ラッシュで栄えた町々をつなぐ「ゴールデン・チェイン・ハイウェイ」(州道49号線)や、シエラネバダ山脈の東側を南北に走る「エルカミノ・シエラ」などがある。
この夏に旅した時に出会ったのが、「レッドウッド・ハイウェイ」(国道101号線)で、この「みち」は、サンフランシスコから、オレゴン州境に近いクレセントシティを通って、オレゴン州へと入る、レッドウッドの森の中を走る。
こうした街道(みち)沿いにあった町々は、時代の流れにともない、あるものは交通の要衝や、観光地として栄え、またあるものは、時代のうねりに耐えきれず、地図から消えていった。その場所の歴史は、それを守ろうとする人たちの努力があってこそということもわかってきた。
そんな歴史の断片を、「みち」やその沿線の「まち」を訪れながら見つけては、ひとり楽しんでいる。
❏ ゴールデンチェンハイウェイ
![]() |
| コロンビア |
| ネバダシティ |
❏ レッドウッドハイウェイ
![]() |
| ファーンデール |
❏ エルカミノシエラ
![]() |
| ボディ |



0 件のコメント:
コメントを投稿