[西部人物ファイル]

[本名]ジョン・アルバート・トンプソン
[生年・没年]1827年~1876年
[出身]ノルウェー
この人については、この旅をするまでは、全く知らなかった。
国道50号線沿いにプラサービルという町があるが、そのメインストリートの入り口にある建物の壁には、その人、スノーシュー・トンプソンの絵が描かれている、雪山をスキーを履いて郵便を運ぶ姿である。
そして、その向かい側には、ポニーエクスプレスの道標の横に、スノーシュー・トンプソンについての小さなメモリアルとプレートが設置されていた。
今回の旅の主な目的は、ポニー・エクスプレスがたどった道を、ネバダ州のカーソンシティまで、辿ることだったので、偶然、写真を撮ったが、その人の名前も功績も知らなかった。
ポニー・エクスプレスとは、1860年~1861年の間、カリフォルニア州サクラメントとミズーリ州セントジョセフの間を、馬で乗り継いで郵便を運ぶ事業である。電信や鉄道の整備で、その役目はいらなくなったものの、その精神は今なお語り継がれている。
シエラネバダ(山脈)を越えて、ジェノアという町についたときに、スノーシュー・トンプソンが、偉大な人であることを知らされた。
この町は、かつてネバダ州がユタ準州だったころは、モルモン・ステーションと呼ばれた。今もそこには、モルモン・ステーションという州立公園があり、その向かいには博物館もある。
その州立公園の案内人によると、スノーシュー・トンプソンは、雪深い冬のシエラを、ネバダ州ジェノアからカリフォルニア州プラサービルまで、往復5日で、郵便を運んだ人である。誰も担い手のなかった任務を買って出たという。
もともとは、ノルウェー人移民で、故郷の村で覚えのある「スキー板」を自前でつくって、当時は、斬新で、画期的な方法で、雪道を移動したのである。それも、20年間(?)も続けた。ちょうどその期間には、ポニーエクスプレスの時代も含まれるが、さすがのポニー(馬)も、冬のシエラは越せない。
ある時、配達途中の山小屋で、病人を見つけた。その際は、薬を調達するために、ジェノアとサクラメントの間を、わずか1週間で往来したという話も残っている。
この人は、「スキーの父」とも呼ばれているそうである。そのトンプソンが、スキーを履いて、長い棒を手にした銅像が、そのモルモンステーション州立公園の一画にあった。
なお、彼は、この配達の任務に対して、支払いを受けていない。結果的にボランティアになったそうである。

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