2022年9月24日土曜日

遠い昔のカリフォルニア州都、ベニシア【カリフォルニア#153】

 【まち】ベニシア|カリフォルニア州ソラノ郡

州議会議事堂(州立歴史公園ー#153)

カルキネス海峡北岸のちいさなまち

カリフォルニアのセントラルバレーを流域とする、北のサクラメント川と南のサンホアキン川は、合流してデルタを形成し、その後カルキネス海峡を通ってサンフランシスコ湾に注ぐ。べネシアは、隣町のバレーホとともにその海峡の北岸に位置する人口約27000人のまちである。

名前の由来

この町は、このあたり一帯の土地所有者であったバレーホ将軍夫人の名前(Francisca Benicia Carillo de Vallejo)に由来する。初めは夫人のファーストネームをとって、「フランシスカ」という名前にしようとしたところ、「サンフランシスコ」と混同しがちであるために、「ベニシア」に落ち着いたという逸話もある。

バレーホ将軍とベニシア夫人

かつての州都(1852年~1853年)

カリフォルニアは、1850年(9月9日)に、それまでのメキシコ割譲地(Mexican Cession)から州に昇格した。メキシコ時代は、海沿いの町モントレーに都の機能があったが、現在のサクラメントに州都が移る前に、サンノゼ、バレーホ、そしてこの町ベニシアで短い期間、州議会が開催された

現存する州議会議事堂(State Capitol)が、この町に残されている。レンガ造りで、二階建ての風格のある建造物で、州立歴史公園に指定されていて、低額の入場料で、中を見学できる。一階は「上院」、2階は「下院」の議事堂になっていて、当時の様子が再現されていた。

各議員の席にはフェルトの帽子が載せられていて、その当時、議事の採決がその帽子の向きによってとられていたとのことだった。

残念ながら、サンノゼとバレーホの議事堂は残っていない。

米国陸軍の弾薬庫と兵舎

市街地のある場所の東側は、いまでは港・工業地域になっているが、ここにはかつて米国陸軍(United States Army)の拠点の一つで、弾薬庫(Benicia Arsenal|1851–1964)と兵舎(Benicia Barracks|1852–66)があった。

当時の立派で風格さえある建物が、かなりよく保存されていて、例えば、この弾薬庫は、「クロックタワー」として、見どころの一つである。

このエリアは、また時を改めて訪れてみたい。

その後、ここはアート系の人が集まる場所となって、たしかガラス工芸などがさかんであったと聞いたことがある。

セントラルパシフィック鉄道連絡船が就航

今回このまちを、訪れてみたいと思ったのは、ここにセントラルパシフィック鉄道(Central Pacific Railroad)の鉄道連絡船があったということを知ったからである。

古い駅舎の跡

1879年~1930年の51年間、このまちベニシアと、対岸下流にあるポートコスタという場所との間を毎日、鉄道連絡船「ソラノ」(Railroad ferry "Solano")が運航されていた(1914年からは、コントラコスタ号(Railroad ferry "Contra Costa")も登場)。その船は当時世界一を誇る巨大な船で、機関車、客車を含めた車両全体を一度に載せて運べる大きさだったらしい。

ファーストストリートの終わりから、対岸のポートコスタに向けて突き出した小さな岬の先の方には、桟橋の土台の支柱だけが残されていて、昔の姿を物語っている。

ポニー・エクスプレス連絡船

岬を訪れてみると、その入り口付近に、その昔、ここは対岸のマルティネスとの間で、ポニーエクスプレスの連絡船が就航していたことを示す記念碑もあった。

ポニーエクスプレス連絡船「カルキネス」

ポニーエクスプレスは、サクラメントまででいったん馬を降りて、残りサンフランシスコまでは船便が普通であったが、船に乗り遅れた郵便は、そのままサンフランシスコまで陸路で運ばれることがあったとのことである。


海峡を背景にしてファーストストリートの様子を描いた壁画

かつての州都ということもあってか、町の並びには一種の気品もある、こぎれいなまちである。

ベニシアのファースト・ストリートの歩道には、この町の歴史を物語るタイルが埋め込まれていた。

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