2024年7月27日土曜日

レッドウッド・ハイウェイ④ 延齢草の滝トレイル|Redwood Highway - Trillium Falls trail

今回の旅で、唯一まともなハイキングで、延齢草(エンレイソウ|Trillium)の名前が付いた滝までのコースだった。

エンレイソウは、早春の花で、白やピンク色の三弁の花を咲かせ、花言葉は「奥ゆかしい美しさ」だという。森の中の水辺に咲く、好きな花の一つである。残念ながら、季節が違うので、この花には出会えなかった。

   

滝までの比較的緩い上り坂は、レッドウッドの森を通過する。それでも子供たちの軽い足取りにはついていけなかった。

その小さな滝は、奥深くにある小さな渓谷にあって、森の中の静かな環境に、さらに静けさを加えていた。森の中を歩いて眼が慣らされていたせいか、(写真に映った)水の色が緑色に染まっていることに気がつかなかった。

 

この公園のどこかには、「水芭蕉」(ミズバショウ|Skunk Cabbage)の名の付いたトレイルもあることを、以前に本で読んだことがある。

でも、今回はこのトレイルにしてよかったと思う

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イースタンシエラ紀行➊ ソノラ峠(Sonora Pass)

サンフランシスコ・ベイエリアやセントラルバレーからイースタンシエラに向かうには、必ずどこかの(pass)をとおってシエラネバダ山脈を越えなければならない。

シエラネバダ14000フィート(4200m)を超える峰々が連なる山脈で、峠の道はどこも険しく、今回のソノラ峠では標高9624フィート(2933m)のところを通り、車で通過できる峠としては、ヨセミテ国立公園内を通るタイオガ峠(9943フィート|3030メートル )に次いで2番目である。冬の期間はどちらの峠も積雪で通行止めとなる。

ソノラ峠の道は州道108号線で、トゥオルミ郡のソノラとモノ郡のブリッジポートを結び、舗装もよくされていて比較的走りやすい道で、大型トラックも通る幹線道路である。

森林の中や岩山のある場所などを通過しながら、ところどころ渓流の音が聞こえたりする。峠でちょっと一息つこうと思っていると、話に夢中になって、気がつかないうちに通り過ぎてしまった。引き返すまでもないので、渓流沿いや別の見晴らしのいい場所で車を止めたりしながら、先を急いだ。

道端には、道なき道をすすんで峠を越えた開拓民一家の通ったルートの地図があった。

 

峠付近は、名もなき岩山が道を見下ろしていた。

 

途中、平坦な場所があって、そこにはおそらく民間とおもわれるキャンプ場のサインがあった。もしかすると、リゾートかもしれない。

さらに進むと、シエラネバダの東側の特徴でもある急斜面となり、蛇行を繰り返しながら降りていく。たいていは何か所か車を停めて、眼下に広がる景色を眺めることのできる場所があるものだ。

ずっと降りていくと、湿地帯のような場所にでて、そこで395号線に突き当たる。

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2024年7月20日土曜日

大統領とカリフォルニア① JFK(ジョン・F・ケネディ)

 Presidents in California (1)

JFK-ジョン・F・ケネディ|John F. Kennedy

JFKの通称で知られるアメリカ第35代大統領であるケネディ大統領が、凶弾に倒れる1963年11月22日からさかのぼること約2か月前の9月27日に、カリフォルニア州北部のウィスキータウンとラッセンを訪問している。

ウィスキータウン国立保養地

ビジターセンターで入手した分厚い小冊子
演説内容などが小さい字でたくさん記録されている

それは、同年9月24日~28日にケネディ大統領が行った「西部州の環境保護ツアー」(Conservation Tour of Western States)の一環としてである。そのツアーでは、特に西部の州である、モンタナ州、ユタ州をはじめ、わずか5日間の間に10州を巡っている。

JFK大統領ライブラリに行くと、そのツアーのドキュメンタリーが見れる。訪れる各地で、その姿を一目見ようと集った群衆からは熱気を感じることができる。

ツアーのタイトルにある「Conservation」というのは、保護とか管理とかを意味する。ドキュメンタリーに出てくる演説に耳を傾けていると、それは、単なる環境保護というだけでなく、天然資源や水資源も含めたもので、アメリカの未来のための備えという面もうかがわれる。

水資源の有効利用というわけで、ウィスキータウン・ダムの竣工式がケネディー大統領を迎えて行われた。ウィスキータウンは、カリフォルニア州シャスタ郡にあるレディングの西にあったかつての鉱山の町である。今ではそのダムによって貯水池ができて、その町は水の底である。






このダムと貯水池は、国立保養地(Wiskeytown National Recreation Area)に指定されており、竣工式が行われたダムの傍に、ケネディ記念碑(Kennedy Memorial)がある。亡くなった1年後に地元有志ら(?)によって建てられた記念碑のようである。

(ちょうど60年目の私の訪問)

私がウィスキータウンを訪れたのは、2023年の9月の末のことで、大統領がそこを訪れてからちょうど60年を迎える週にあたっていた。本当はもっと早く行きたかった場所でもあるが、ここ数年にあった付近での山火事やパンデミックの影響でこの時が初めての訪問となった。

ビジターセンターのパークレンジャーの話によると、その前後の週末にはいろいろな行事が予定されているということだったが、私が訪れた日は何もなく、そこを訪れる人もまばらであった。

そのメモリアルでは、いつでもボタン一つでケネディ大統領の演説を聞けるようになっていた。

ラッセン国立公園

大統領はこの時、このエリア(北部カリフォルニア)でここから最も近い(?)国立公園ラッセンにも立ち寄っている。北側の入り口に近い場所のようである。

ラッセンは何度か行ったことはあるが、大統領がここを訪れたことを知った後では、まだ出かけていない。なんらかの記念碑が残されているかどうかも定かではない。

サンルイス貯水池

上記のツアーのさらに1年前の1962年8月18日には、サンノゼから南に少しあるサンルイス貯水池(San Luis Reservoir)も訪れている。

貯水池のほとりには小さなビジターセンターがあって、ケネディ大統領がそこを訪れたことを示す展示などがあった。

そこの係員によると、短い記録フィルムもあるとのことだったが、急ぎの旅で、また次の機会にということにした。

この場所の詳細については、別の機会にしたいと思う。

 






2024年7月19日金曜日

レッドウッド・ハイウェイ③ 海岸の草原|Redwood Highway - Coastal Prairie


レッドウッド国立州立公園のビジターセンターがあるのは、森の中ではなく、ビーチに直接アクセスできる少し開けた場所である。レッドウッド国立州立公園は、国立公園と、3つの州立公園が共同管理している。

海岸沿いにある開けたこういう場所は「コースタル・プレーリー」と呼ばれている。

レッドウッドの森が西洋から来た人たちに見つかってから、またたく間にその森の大半が失われ、残っているのはわずか数パーセントだけたともいわれる。



イースタンシエラ紀行❼ マウントホイットニー魚孵化場(Mount Whitney Fish Hatchery)

ビショップから南へ約30分ほどのところにあるインデペンデンスという町の中心に行く手前に、この孵化・養殖場はある。

一見してナパのワイナリーを思わせるような石造りの建物が雄大なシエラとマッチしている。

建造は1916年、造園には、サンフランシスコのゴールデンゲートパークに携わった造園技師が関係しているらしい。

一つにカリフォルニアの州の魚ゴールデン・トラウト(golden trout:マスの一種)の保護のためであり、スポーツフィッシングの需要を満たすためでもあるらしい。シエラ山中の湖に放流するということだろう。

この地域は魚釣りでもわりと有名なところのようで、立ち寄ったガソリンスタンドなどには、必ず釣り具や魚のえさを売っている。

100年の時を超えて、悠然と立っているようにみえる建物は、実は1990年代の予算カットがあって、閉鎖寸前までいったそうだ。

また、2000年代にはいってからは山火事の後遺症で発生した土石流で建物周辺が埋まったこともあったという。

当初から、設置や維持には地元の支援(寄付金など)がかなりあって、土石流からの復旧の作業にも地元民がかけつけたそうだ。


【参考1】

インデペンデンスは、小さい町ながらインヨー郡の郡庁所在地。町の中心にあるのは、小ぶりではあるがホワイトハウスを連想させる郡庁舎(courthouse)の白い建物。
この町は、今回は通過。

【参考2】

マウントシャスタの近くにはミシシッピ以西では最も古い魚孵化場がある(1888年)。
その他、州内の各地にある。

【参考3】

マウントホイットニー(標高14,494フィート|4418メートル)は、シエラネバダ(山脈)ではもちろん、カナダとの国境線より南のアメリカ48州で最も高い山である。


2024年7月18日木曜日

イースタンシエラ紀行❺ ビッショプ・クリーク・キャニオンとノース・レイク(Bishop Creek Canyon and North Lake)― 渓谷の奥の静かな湖

イースタン・シエラは、頭の中で地図に描きやすい。シエラネバダ山脈の東側を米国395号線が南北に走り、沿線にある町々や集落からが東に向かう渓流沿いの道があって、奥の方には湖があり、そこからさらにシエラネバダの奥の方へとハイキング・トレイルが延びでいる。

宿泊先のビショップの町中からも168号線が東に延びている。一気に標高が高くなる場所を除いては、真直ぐに延びてきちんと舗装もされていて走りやすい道である。

この道を、何も考えずに真直ぐにいくとサブリナ湖で行き止まりになる。そこから少し戻ったところに、ノース湖への入り口がある。

車がやっとすれ違えるくらいの未舗装の道で、距離的には短いがかなり落差のある崖っぷちのところも通る。

マツやアスペンの森に囲まれて車の中からは見えずらいが、いったん車を降りて湖畔に行くと、静かな湖と、その奥にそびえる山々の景観がみれる。

 

この日は、朝日がちょうど渓谷の中に入り込む朝食前の時間帯を狙って訪れたが、奥の方にある駐車場には、まもなくいっぱいになるほど車が停まっていて、これからハイキングに出かけようとする人たちの姿が見られた。

湖畔には釣りをする人の姿が2、3あるだけで、静かな雰囲気は保たれていた。


   

  

 

 

  

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2024年7月17日水曜日

イースタンシエラ紀行 = マンザナール紀行

この連載『イースタンシエラ紀行』は、数年前に、友人と一緒に出かけた旅をフェースブックに投稿したものに、回想も含めて、かなりの加筆・修正をしてこのブログに再投稿しているものです。現時点での各地の様子はかなり異なっている可能性もあることを、ご了承ください。


全行程965マイル(1555 km)、ビショップ(Bishop, California)泊、一泊二日の旅。

マンザナールは、かつて太平洋戦争のさなか、米国西部の日系人(日本人を祖先に持つ人たち)を収容するために、1942年3月から1945年11月までのあいだ設置された収容所のあった場所である。

イースタン・シエラのオーウェンズ・バレーと呼ばれる南北に細長く延びる地域に位置し、夏は乾燥して暑く、冬は寒さが厳しい。また、西にはアメリカ48州(ハワイ・アラスカを除く、地続きの州)の最高峰マウント・ウィットニー(14495フィート|4418 m)と、北米で最も低い場所のあるデスバレーの近くにある。

この地域を南北にほぼ直線的に貫通するのは、「エル・カミノ・シエラ」との別名を持つ米国国道395号線。

そんな場所に、夏の暑い盛りに、出かけてきた。家族旅行やリラックスの旅であれば、もう1、2泊は取った方がよいと思う。

今回撮った枚数はあまり多くはないけれど、通った場所や訪れた場所の様子がわかるような写真を連載しようと思う。


2024年7月16日火曜日

レッドウッド・ハイウェイ② ユリーカ |Redwood Highway- Eureka

サンフランシスコからは北に270マイル、レッドウッド国立州立公園からは南にある、ハンボルト湾岸沿いにある町。

ゴールドラッシュ直後の1852年に設立され、製材業で栄えたこの町にも、ビクトリア様式の建物が建ち並ぶ。

「見つけた」(Eureka!)というカリフォルニアの標語の町でもある。








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